私は今日、再び清潔になった部屋の真ん中に座り、かつてここがゴミで埋め尽くされていた日々を振り返っています。ゴミ屋敷を一度解消した経験を持つ私にとって、最大の問題点は、部屋を綺麗にすることの難しさではなく、再びあの暗闇に戻ってしまうのではないかという「再発への底知れない恐怖」です。ゴミ屋敷を解消した直後は、誰もが清々しい気持ちになり、二度とあのような生活はしないと心に誓います。しかし、日常生活の中で一枚のレシートを床に落とし、それを拾うのを一日延ばした瞬間、背筋に冷たいものが走ります。ゴミ屋敷の住人にとって、ゴミは単なる不要物ではなく、感情を麻痺させ、現実から逃避するための麻薬のような側面があります。ストレスが溜まった時、寂しさを感じた時、何かを溜め込むことで安心感を得ようとする心の癖は、物理的な掃除だけで治るものではありませんでした。私の経験から言える問題点は、ゴミ屋敷の背景には必ずと言っていいほど「心の病理」や「発達の特性」が隠されているという点です。私の場合、物事の優先順位をつけることが極端に苦手なADHDの特性があり、それが仕事のストレスと重なった時に部屋が崩壊しました。ゴミを捨てられないのは、だらしがないからではなく、脳がパニックを起こして機能停止していたからなのです。この根本的な問題に向き合わない限り、どんなに高いお金を払って業者に掃除してもらっても、必ずまたゴミは溜まり始めます。再発を防ぐためには、自分一人で頑張るのをやめることが必要でした。今はカウンセリングに通い、定期的に友人を家に招くことで、強制的に部屋を整える環境を作っています。ゴミ屋敷の問題点は、それが一度きりの事件ではなく、一生付き合っていかなければならない自分の弱さと対峙し続けなければならない「継続的な闘い」であるという点にあります。床が見えている今の生活を守るために、私は毎日自分に問いかけます。「今日、私は自分を大切にできたか?」と。ゴミの山は、自分を粗末に扱った結果の積み重ねでした。もう二度と、あの息苦しい繭の中に自分を閉じ込めたくはありません。それでも時折、ふとした瞬間にゴミを溜めたくなる衝動が顔を出す。その影と共生しながら生きていくことが、私の人生の課題なのです。
ゴミ屋敷の問題点と私の中に芽生えた再発への恐怖