私が都内のワンルームマンションでゴミ屋敷生活を送っていた三年間、不思議なことにゴキブリを一匹も見かけることはありませんでした。一般的に「ゴミ屋敷=ゴキブリの巣窟」というイメージが強いですが、私の部屋はその定説を覆すような場所だったのです。なぜ私の部屋にはゴキブリがいなかったのか、自分なりに振り返ってみると、そこには私の偏った生活習慣が大きく関係していたように思います。まず、私の部屋を埋め尽くしていたゴミの九割は、コンビニのレジ袋、プラスチックの弁当容器、空のペットボトル、そしてネット通販の段ボール箱でした。私は自炊を一切せず、生ゴミというものがほとんど発生しない生活を送っていました。弁当の容器も、食べ残しがあればすぐに蓋を閉めて袋を固く結び、その上からさらに別のゴミが積み重なるため、臭いや有機物が外に漏れ出しにくい状態になっていたのかもしれません。つまり、ゴキブリを惹きつける「剥き出しの餌」が意外にも少なかったのです。また、私は極度の面倒くさがりで、冬場は暖房をつけずに厚着をして過ごし、夏場はエアコンを最強設定にして部屋を冷やし続けていました。この極端な温度設定が、ゴキブリの繁殖サイクルを狂わせていた可能性もあります。さらに、私の部屋は五階という比較的高層階にあり、窓を一度も開けることがなかったため、外部からの侵入経路が物理的に遮断されていたのでしょう。排水口もゴミの圧力で半分塞がったような状態でした。友人からは「ゴキブリがいないなんてラッキーだね」と言われることもありましたが、今思えばそれは全くラッキーなどではありませんでした。ゴキブリがいない代わりに、私の部屋には目に見えない無数のダニやカビが繁殖していました。私は常に原因不明の咳と鼻水に悩まされ、肌はボロボロになり、精神的にも深い鬱状態に陥っていました。ゴキブリがいないことで「まだ大丈夫だ」という根拠のない安心感を得てしまい、片付けの決断が先延ばしになったことは、むしろ不幸だったと言えるでしょう。ある日、ようやく意を決して清掃業者を呼んだ際、スタッフの方が「ゴキブリがいないゴミ屋敷はたまにありますが、そういう部屋は乾燥がひどすぎて火災のリスクが高いか、アレルギー物質の濃度が異常に高いことが多いんですよ」と教えてくれました。実際に、ゴミの下からはカビで真っ黒になった床が現れ、私はその光景を見て吐き気を催しました。ゴキブリという分かりやすい害虫がいなかったことで、私は自分の生活の破綻から目を背け続けてしまったのです。もし、一匹でもゴキブリが出ていれば、もっと早く恥を忍んで助けを求めていたかもしれません。清潔な部屋に戻った今、私は一匹の虫もいないことの異常さを理解しています。生き物さえ住みつかないような空間は、決して人間が住むべき場所ではありません。今は、毎日窓を開けて風を通し、適度な湿気と清潔さを保つことが、どれほど自分を大切にすることに繋がるかを噛み締めています。ゴキブリがいないから安心という考えは、ゴミ屋敷に住む人間の最も危険な思い込みの一つであると、自身の経験から強く断言できます。