今日もまた、ゴミ袋を一つも出すことができなかった。玄関まで溢れたペットボトルを眺めながら、自分はどうしてこんなにも無能なのだろうと、胸が締め付けられるような思いで一日を終える。ゴミ屋敷という言葉をネットで検索しては、自分よりもひどい状態の人を見て一瞬だけ安心し、その直後に猛烈な自己嫌悪に襲われる。そんな日々を繰り返しているうちに、私の心はすっかりノイローゼに蝕まれてしまったようだ。友人からのLINEには既読をつけられず、宅配便のチャイムが鳴るだけで心臓が飛び出しそうになる。世の中の人は皆、当たり前のようにゴミを出し、当たり前のように部屋を綺麗に保っているのに、なぜ私にはそれができないのだろう。原因は分かっている。仕事の激務で心が折れたあの日から、何かが決定的に壊れてしまったのだ。でも、今日ふと立ち寄った本屋で、ある言葉に出会った。「部屋の乱れは、あなたが今まで必死に戦ってきた勲章だ」と。その言葉を読んだ瞬間、今まで張り詰めていた糸がプツリと切れ、涙が止まらなくなった。私は、怠けていたのではない。ただ、あまりに疲れすぎて、自分を守るために殻を作っていただけなのかもしれない。ゴミは、私にとっての外敵から身を守るための城壁だったのかもしれない。そう思うと、少しだけ自分を許せる気がした。ノイローゼというのは、心が「もう休んで」と叫んでいる声なのだ。今の私に必要なのは、無理に片付けることではなく、まずはこのボロボロになった心を休ませてあげることなのだ。少しずつ、本当に少しずつでいい。今日は、コンビニでもらったレシート一枚をゴミ箱に捨てる。それだけで、私は今日一日のノルマを達成したことにしよう。誰とも比べなくていい。私のペースで、この城壁を少しずつ解体していけばいい。もし、どうしても自分一人で動けなくなったら、その時はプロの力を借りよう。それは敗北ではなく、新しい自分に出会うための賢明な投資なのだから。夜、ゴミの上で眠る時に感じる罪悪感を、少しずつ感謝に変えていきたい。今まで私を守ってくれてありがとう、でももう大丈夫だよ、と。そう自分に語りかけることで、少しだけ呼吸がしやすくなる。ゴミ屋敷ノイローゼという暗いトンネルの中にいるけれど、いつかは必ず光が見える場所に出られると信じたい。明日は、今日よりも一分だけ長く、窓を開けて外の空気を吸ってみよう。そんな小さな一歩が、私の世界を変える始まりになると信じて。
ゴミ屋敷と向き合いノイローゼ気味な自分を許すための日記