私はこれまでに三度、自分の部屋をゴミ屋敷にしてしまい、そのたびに業者の方に助けてもらいました。最初は「仕事が忙しいから」と言い訳をしていましたが、三度目ともなると自分でも何かがおかしいと認めざるを得ませんでした。部屋を綺麗にした直後は、清々しい気持ちになり、二度とこの地獄には戻らないと心に誓います。しかし、その決意は長続きしません。コンビニで買ったお弁当の空き殻を一つテーブルに置いたままにした瞬間から、崩壊は始まります。一つ置くと二つ目が置きやすくなり、気がつけば足の踏み場がなくなり、床が見えなくなっていきます。ゴミが溜まっていくにつれて、私は「またやってしまった」という強烈な自己嫌悪に襲われますが、それと同時にゴミの山に囲まれていると、不思議な安心感を抱く自分もいるのです。ゴミの山は、外の世界からのストレスから私を守ってくれる壁のように感じられました。インターホンが鳴るたびに息を殺して怯え、誰とも会いたくないという思いが募るほど、部屋のゴミは高く積み上がっていきました。私にとってゴミ屋敷を繰り返すのは、自分自身を罰しているのと同時に、自分を癒やそうとしている歪んだ自己表現だったのかもしれません。業者の方はいつも丁寧に作業をしてくれますが、彼らが帰った後の静かな、何もなくなった部屋に耐えられず、私はまた新しい「物」を買い込み、ゴミを溜め始めてしまうのです。三度目の清掃を終えた後、私はようやく心療内科の門を叩きました。そこで初めて、自分が幼い頃から抱えていた孤独や、完璧主義ゆえの脆さを指摘されました。今は、ゴミを片付けることよりも、自分の心の中のゴミを一つずつ見つめ、整理する練習をしています。リバウンドは恐ろしいですが、自分の弱さを認めたことで、ようやく本当の意味での一歩を踏み出せた気がしています。ゴミ屋敷を繰り返すのは、心が助けを求めている証拠です。もし同じ苦しみの中にいる人がいるなら、どうか恥ずかしがらずに、プロの手と専門家の心のケアを同時に受けてほしいと願っています。
何度片付けてもゴミ屋敷に戻ってしまう私の告白