僕は数年前まで、都内のワンルームマンションで、膝の高さまでゴミが積み上がったゴミ屋敷の中で暮らしていました。きっかけは、新卒で入った会社の激務でした。毎日深夜に帰宅し、コンビニで買った夕食を食べてそのまま眠る。ゴミ袋をまとめる気力も、ゴミ出しの曜日に合わせて起きる体力も、いつの間にか失われていきました。最初は「週末に片付ければいい」と思っていたのが、気がつけば数ヶ月、数年と時間が過ぎ、部屋は自分でも手のつけられない魔窟と化していました。友人との連絡も絶ち、インターホンが鳴るたびに息を殺して震える毎日。自分は社会のゴミだと本気で思い込んでいました。そんな僕を救ってくれたのは、予告なしに部屋を訪ねてきた母親でした。ドアを開けた瞬間の母の凍りついた顔は今でも忘れられません。叱られると思いましたが、母はただ「今まで辛かったね」と僕を抱きしめて泣きました。その一言で、張り詰めていた何かがプツリと切れ、僕は子供のように声を上げて泣きました。それからの母の行動は早かったです。すぐにプロの業者を手配してくれ、僕が仕事に行っている間に数年分のゴミをすべて片付けてくれました。仕事から帰ってきたとき、床が見える自分の部屋を見て、僕はようやく息が吸える感覚を取り戻しました。母はその後も一週間に一度、必ず電話をくれたり、惣菜を持って訪ねてきたりしてくれました。一人じゃないんだと思えることが、僕が二度とゴミを溜めないための最大の抑止力になりました。ゴミ屋敷の住人にとって一番辛いのは、恥ずかしさと絶望感です。もし親御さんがこの記事を読んでいるなら、どうか息子さんを責めないであげてください。汚い部屋よりも、その部屋で絶望している息子さんの心を真っ先に見つけてあげてほしいのです。ゴミ屋敷ノイローゼは、適切な思考の転換とサポートがあれば、必ず克服できる課題です。母のあの日の一言がなければ、僕は今もあの暗い部屋で、出口のない闇を彷徨っていたに違いありません。
僕がゴミ屋敷の住人から脱出したきっかけと親の支え